キャベツ茄子子はピアノに指を挟んで以来手に指のない人生を送っていたが、
ある時不意に手を見ると指が生えていたが目覚めてそれは夢だった。
そういうことが三月に一度はあった。毎度ショックだった。
指が雪のように吹っ飛んでから両親に申告するまでには三日ほど間があり、
三日間茄子子は主に手首の角度で他人から怪我を隠していた。
手首は生来やわらかい方で、バドミントンなど好みだったが、
指をなくしてからはあまりやることはなかった。
「指がなくてもやりたきゃできんじゃ」
という多田のさんは鍛えればいいという風に考えていて、
そういう態度はさすがに恰好いいと茄子子は(元気な時は)思った。
三月生まれの多田のさんは茄子子にとってはロマンスに見えて、
主に多田のさんが殴られて教室に帰ってくると体の芯から暖かくなった。
巨大な月の絵は夜の新聞の冷たさがよく出ていて、
それがいいと多田のさんは描いた茄子子に告げて、
茄子子は礼をいいそういうわけで二人は友達になり、
一年ほど経ったがまだ同じような関係の感じだった。
ピアノについて、茄子子はピアノはしていなかったが家には大きいピアノがあり、
叩いて音が出ればそれはおもちゃで会話の相手としては茄子子とピアノは長い仲だった。
多田のさんはピアノの上手で、今は達磨なのであまり弾けないが、
頭突きでムーンライト伝説を弾いてくれたことがありそれはちゃんと月の光が見えて、
(多田のさんの頭にはアイスラッガーが生えている)
「多田のさんはすごいね例えば多田のさんは、」茄子子はだいぶんショックで慌てた。
「事故にあってもまだ月の曲が弾けるのがすごい」
「ちっちゃい頃ピアノの先生に楽譜書いてもらったの」
「というかだから私は今結構焦ってる、私はもう絵は描けないもんだから、
多田のさんに褒められるような巨大な月の絵は実際もう書けないんだな、
だが多田のさんは弾けるわけだ」
「だからどうしたの」
「つまり劣等感、すごい人と友達になりたくないなあ」
「もうすぐ終電だよ」多田のさんはいい、
芋虫のような動きで茄子子に近づいてきた。
「すごいのか、恰好いいのか、そも本当に弾けているのか、
同じ国に生まれたのにミラクルロマンスを信じられないような、
それは私も悲しい気はする、
送るの難儀だから早く帰って、明日よりあんたのことはなんかの野菜と思うよ」
「確認、確認だけ多田のさん」茄子子は多田のさんの肩を掴んでひっくり返した。
「多田のさんは月に何度も夢を見るのかそれだけ教えてくれたら」
「帰らないと明日からあんたのあだ名はキャベツか茄子だよ」
多田のさんの平らな家から出ると綺麗な三日月がビル間に覗いていた。
極小の文字のような星のかすれが頬の寒さにかゆみを与えた。
ふと手を見ると指があったが、
描けない絵がある、
そろそろいいわけがきかなくなりつつある(中学三年生)。
終電のあるうちに引き返せばいいだけで、
「だがしかし一人で帰るのは寂しい」
そういうわけで今日の彼女がある。
二人はまだ友達でいる。