「コーヒーでも飲む」
シスコが訊くと魚肉少女が頷いた。
コーヒーの葉っぱを探したが台所の収納には見当たらなかった。外は雪、じき日暮れ、
コーヒーは諦めてシスコはインスタントのポタージュを二つ作った。
隣の工場でお金を刷る音が白い窓の外から聞こえて来て、
蛾の大群みたいなぼた雪が煙突をどんどん覆い隠していった。
魚肉少女の魚肉の部分はストーブに当たるといい匂いを出し出して、
ヘリのプラモのように今にも壊れそうだと思いつつシスコはカップを渡した。
「懐かしい工場音ですね。朝は体操するんじゃないかな。
私の生まれた熊本の食品工場を思い出します」
すり身と保存料と水子の練り物がこの後輩の女子であることは知っていたが、
生まれた場所の話なんかは初めて聞くような話題だった。
エスカレーター組ではないという話だったので、
この町にはつい最近越してきたのだろうと思った。
「猫が雪好きと知りませんでした」
「あれはこの辺の主だよ。米寿近い猫又なんだ。
化けて後怪奇倶楽部が破魔矢で眉間を打ち抜いたんだが脳をずれて一命取り留め、
矢傷で冬眠を忘れあれほど巨大になったとな、
何はともあれ災難だったね。足は痛いの」
「大丈夫です」食われた両脛をタオルケットで拭いて後輩は答えた。
「猫にはよく襲われるんですが雪で油断をしてました」
「大変ね」
「先輩は009は」
「読んだことはない」
「魚肉少女といいますがサイボーグと思って貰えばいいんです。
怪我したら人間部分は減ってくんですね」
年取らないのはいいじゃねえかとシスコは思ったが本人自体はやっと見た目相応になったばかりだし、
サイボーグに辛いといわれては高校生としては形無しではあった。
「雪の日は好きなんです。冬は毎日楽しいんです。
先輩はどうですか。校庭には何で出てたんですか」
「大した用じゃないよ、去年あの辺で鯨飼ってたんだ。
小さい鯨で餌付けたらこっち覚えて、冬越せず死んじゃったんだけど、
死んだのがこんな雪の日で、それでこれを」
シスコは持っていたからしを取り出した。
「好きだったんだ。供えてやろうと思って」
「そうだったんですか」
「持っててよかったよ。お陰で猫も追い払えた」
「感謝しないとですね。鯨さん名前は」
「餓死太郎というんだ」
スープが空になるまで二人は話をした。
魚肉少女は生前双子だったそうで、
魚肉双生児はどうしたのかというと鳥に攫われてしまったとのことだった。
「お腹空いたね」口にしてよぎったのはアンパンマンみたいな展開で、
馬鹿なと思いシスコは手にしたからしを握った。
当然魚肉も笑っただけだった。簡単そうに笑うなと思った。
冷蔵庫で寝る子と話していてもみじめになるのだから、
未来は鯨とそう違うはずもなく、
ただ思うのはじきにスープがなくなってしまうこと、
そして帰り本屋で漫画文庫を探すのだなということ、
だけというにもそれだけのことで、
化猫になった自分の顔が白いスープに映った気がした。