誰もいない家で友達と二人夜来るクリスマスの準備をしていると、
人きりの奇声が窓ガラス越しに聞こえた。
新潟県から九段下にかけてはおばけジュースに水没していたが、
桶になった地下鉄が日夜走って水掻きをしている。
素敵な広告搭の手のひらオブジェは無限に地中に広がるようで、
メトロが埠頭に水を運ぶ音が電線を伝って家にも届く。
今年中学生になるC子は同いのジェス子を呼んで両親のいない自分の家でCDを聴いていたが、
出ると噂の人斬りの声が夜の膜目のガラスに届いた。
「人斬りだ」
「鍵は閉めたの」
「閉めるとカミングスーンが帰ってこれないから」
「カミングスーンて」
「うちの猫」
人斬りの声は段々近づき、
見つからぬようC子はジェス子越しにコンポの電源を切った。
明かりを落とすときれいなクリスマスになった。
「なんて綺麗」
電飾の映る夜の窓から人斬りの白い声が聞こえた。
息でガラスがそこだけ曇った。
「誰かいますか」
「誰もいません」
「そこの君お母さんかお父さんはいますか」
「旅行に出ていてどちらもいません」C子はびびったが正直者だった。
ジェス子は得物を探したがC子がかぶさったままなのでろくに身動けず、
二人の見つめる午後の窓辺は広告電気で暖かかった。
「大人はいませんか」人斬りは溜息を吐いた。「実ははだしでしもやけなんです」
「お風呂なら貸せません」鯨の入る空間が国会図書館にはある。「湯たんぽもどこか判りません」
「お引き取りを」ジェス子も合わせた。
電線を伝った水掻きの音がテレビの裏から聞こえてくる。
捨ててあるコンセントに耳をあてると東京湾の波音が聞こえこの地方では卒業式のプレゼントにもなる。
「窓ガラスには脳がないので単純な錯覚にもすぐ騙される、
カーテンがある方が部屋と思ってすぐに尾を振る」
人斬りは立派なカーテンをトートバッグから取り出し外から窓にかけ、
ガラスは迷うそぶりを見せたが布地の高級感につられ、
人斬りへかたつむるようにクレセント錠を伸ばした。
「しまった」
犬万にやられたガラスを開けて靴下の人斬りは部屋の中に入ってきた。指先は痛そうだったがこたつはなかった。
「お湯も張ってないです」
「張ってきます」
「待った」
ジェス子の動きを声で制すと人斬りは腰のリボルバーを抜き電話のコードを打ち抜いた。
銃身の熱でしもやけをさますと人斬りは台所へ行き骨切包丁を見つけると二人を捕まえにかかった。
「しもやけの足だ逃げるんだ」
二人は家じゅうをかけ回ったが家は楳図さんの家のようにぐるぐる回れる行き止まりのないようになっていた。
走る二人は角でぶつかりでこを押さえているうちに結局捕まった。
「助けて」
「後生だから」
「駄目だよお願いうちの七面鳥になって」
二人が目を閉じたときガラスが砕ける音がし、
帰ってきたカミングスーンが人斬りに飛びかかり手首をかんで包丁を奪った。
「カミングスーン」C子が叫んだ。
「帰ってきたの」
「ええ」カミングスーンは荒い息で答えた。「胸騒ぎがしたんでさあ」
「レモンさんとのデートは」
「お嬢さんの命には」
夜が明け人斬りは警察に連れて行かれた。カミングスーンはポケットの指輪を表の水路に捨てていた。
旅行に行っていた両親は帰ってきてC子とジェス子を隈なく撫でた。ジェス子には親はいなかった。
窓ガラスがない部屋はクリスマスのように寒く二人と両親は家じゅう走って体を温めた。寒い方が広告塔は高く切なく綺麗に見えた。
C子が靴を人斬りに勝手に貸したことを告げると父は笑って手を持った。
それを見てジェス子はおばけジュースを置き、まだ冷たい手に吐息をかけた。
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