超巨大脳髄人間殺人事件
☆登場人物☆
テント軸子……諮問探偵。大学生。
近未来バス子……推理小説家。大学生。軸子の友人。
埴生次郎……刑事。
紫次郎……開業医。
虹色よし子……製菓会社社長。未亡人。
雑色太助……社長秘書。
サムソン……床屋。
船出……コップ。
現実……病人。
三菱……電機。


♯あらすじ♯
浅川河川敷で見つかった開業医の焼死体、遺留品の米櫃からは二トンもある脳幹が発見された。
時を前後する謎の人身事故、現場に駆けつけた私鉄職員の見たものは高架下を埋め尽くす灰白質の海だった。
巨大脳髄の持ち主の正体、未だ見つからぬ体の行方、暗躍する製菓会社、襲撃される刑事、
極秘で調査に乗り出した軸子とバス子は開業医の足取りを追い、
一本のVHSから三十年前、インドネシアで起きた「怪獣事件」に辿り着く―。


最終話 フランスの香り(承前)
「主人は頭でっかちな人だった」
社長の言葉に私たちはスコップを止め、顔を上げた。
「和尚のことを?」
バス子が訊くと女史は頷いた。「忘れてなどない」
もはや何ほどの思量も現れないその顔はかつて見せた能面のそれとは明らかに異なり、
最前まで野犬五頭を相手取っていた烈女の面影すらその立ち居のどこにも見出せなくなっていた。
あるいは、と軸子は思った。あるいはこれが九蓮宝燈和了るということなのか。
「公安資料に残されたUFOの写真、運転する慧海師の隣にいたのはあなたですね」
否定も肯定も虹色氏は返さず、一瞬烈女の光がその眼に戻っただけだった。
「あの日イリアンの上空一万メートルで本当は何が起きてたんです。あなたはそれを知ってる筈だ」
「あの日起きたことを本当に知っている奴なんかいない。いるならば他ならぬ『カロチン』だ」
「『カロチン』の出現を捕捉し利用した人間がいる筈だ」
「少なくとも三十年後の今隠蔽を図った人間とは無関係だ。全員とっくに生まれ変わっている」
「和尚の黄金杯はどこへ消えた」
「とっくの昔に金箔にされて日本中の腹の中だ。製菓業はそういう所だ」
「紫次郎が脳髄を手に入れたルートにはフランスの息がかかっている。あんたは何故手を貸した。夫の仇だろう」
「船出の手に入れたビデオテープが回り回ってパリに流れたのさ。交換を持ちかけたのは『マカロン女』の方からだ」
フランス人実業家の名前に反応したのはバス子の方だった。公式にはまだ埴生は行方不明となっているし、
そのことに一番の煮え湯を飲まされているバス子が何を思ってパティシエのスパイまがいの真似をしているか、軸子にももはや想像の余地はなく、
同様に思えた虹色の告白の意図も謎で、どちらの動きも読みかねているのが実際だった。
「骨も残らないぞ。どうせ全員生まれ変わっている。
私だけだ。骨も残らない…」
「電車は誰かが止めたんだぞ。誰かが……」
「私やお前ではない」
「野犬の中にマカロン女の部下がいた。あんたはすぐ下山して当局に保護を求めろ」
「雀卓の面子を教える」構わず女史は喋った。「現実、サムソン、三菱電機、代打ちで一瞬入ったのが埴生だ」
「埴生は何をした」
チョンボだ……牌を倒した……」
「今の話と人形焼を持って出頭しろ。安全は当局が保証する」
「私は身を隠す。この男はお前達に任そう。テープは表に出していい」
「蜜柑は」
「靴下の中……早めに食べろ」
ずた袋の中の埴生から目を離し女史は山頂へと歩き出した。軸子とバス子は動けないまま、
埴生の死体と掘った穴と、樅の木の前で応援を待った。
四半世紀ほどで山岳救助隊が到着し、一斉に蜜柑の回収に当たった。
軸子達はカヌーを借り山頂を目指した。バス子の法螺貝が津田沼の山中に響いた。
「バス子、どうしたい」
「意志の話をするな…」カヌーは返り、背骨まで濡れる。
「バス子!どうしたい!恥か!?恥というのはチョンボのことだ!
秘書なんて出てこない!出番のない奴だっている!書いてやれない…(承前か)」
焚き火の前で栄養を取り、軸子が空を見上げた瞬間、
山頂から発光体が浮かび上がり、高く遠く閃いた。
包まれるまばゆさに手の火すら見えなくなり、
逆の雷のように発光は空を巡り、
巡ろうとした瞬間尾根から脳のない巨人が現れて、
ユーフォーをローで蹴っ飛ばした。


(終わり)